程なく、原田が飲み物を運んできた。

「あれ?先程の注文の品と違うようだけど…」
原田が運んできた飲み物を見て、井上が首を傾げる。
「仕方ねぇだろ!アイツがこれしか作らねぇんだからよぉ…」
むっとしながら、原田が親指を立て、カウンターをくいっと指差す。


カウンターの中には、美人…というか、何とも派手なお姉さんが、
シェイカー片手にウインクをしている。


「それはアタシのオ☆ゴ☆リ♪」

「や……山崎さんだ…」

四人は顔を見合わせた。
新選組の敏腕監察方。
その山崎がオリジナルで作ったもの…となると、その中味が疑わしい。





「ねぇ、コレ何だか臭くない?」





そう言ってグラスの匂いを嗅ぐ藤堂。
テーブルの花瓶に埋けられていた薔薇を一輪抜くと、そっとグラスに落としてみる。




「………!!」




薔薇は、焼けるような音と供に、一瞬にして消え失せた。


「山崎君…一体何を作ったの?」
微笑んで問い掛ける井上だが、目が笑っていない。
「あら?配合を間違えたかしら…」
山崎は何気に目を逸らす。
「今の絶対、俺達を実験台にしようとしてたよね。酷いなぁ〜。」



あまりの怖さに言葉を失う四人。
こんな時でも、冷静に会話をしている井上と藤堂。
流石は新選組の幹部だ。






今日はもしかして、飲み物にありつけないかも…
そう思っていた時だった。






「うちの山崎が、失礼をした。詫びと言っては何だが…」
そう言ってグラスと飲み物を運んできた男が一人。
声を聞いて振りかえると、そこには………


「あれぇ、土方さんが店に出てくるなんて珍しいね。」

「………!!」

思いも寄らぬ人物に四人、特には固まってしまう。


「あ、彼はここのお〜なぁの土方歳三君だ。彼はほすとではないから、
店に出ることは滅多にないんだけれど…」
「今日は特別だ。客人に失礼があってはいけないからな。」
眉間に皺を寄せながら、溜息をつくと、土方自らグラスに酒を注いでくれた。



「あ、あの…私お酒は…」



アルコールが飲めないは、慌てて頭を振った。

「安心しろ、これも用意してきた。」

そう言って土方がテーブルの上に乗せたのは、ガラナであった。
ちなみにガラナ…とは、蝦夷でしか飲むことの出来ない、摩訶不思議な飲み物なのだ。
普段から目にしているは、ガラナに目をやっても、特に何も感じないのだが、
の三人は初めての飲み物に眉を顰める。
その視線に気付いたか、土方はグラスを手にして、一気に飲み干した。


「慣れるとこれが結構旨いぜ。」


土方がそう言ったとき、偶然なのか、それとも故意なのか、と目が合った。
「どうだ、飲んでみるか?」
「は……はぁ」
が言われるままに、ガラナに口をつける。


用じゃなかったのか!?
他の三人はそう思ったが、土方とのやりとりを
邪魔するのは忍びなく、あえて見守ることにした。
土方は暫く様子を見つめていたが、がグラスを開けたのを
確認すると、満足そうに微笑み立ち上がる。


「さてと、俺はまだ残ってる仕事があるんでな。悪いが失礼させてもらうぜ。」

「ああ、後は任せてくれ。」

土方は頷くと、一瞬だけに視線を送り、踵を返すとフロアの奥へと消えていった。



今の視線は何!?
目が合ったは当然動揺する。


「ふぅ〜ん、そういうコトかぁ。」
意味深に藤堂が呟く。
「?」
「ま、いいけどね。」












ガラナを口にしつつ、他のテーブルに目をやると、
光を反射してさらさらと流れる白髪の人物に目が止まる。
一番隊組長の沖田総司だ。


「えっ!?それ高いんですけど…いいんですか?」

「いいの!他ならぬ総司の為だから、今日は奮発しちゃう!!」

周りを囲んでいるのは、どうも沖田より年上の女性達のようだ。
彼女達は、どうやら沖田の為に高級ボトルを注文したらしい。

「嬉しいな。有難うございます。でも、あまり無理しないで下さいね?」
ちょっと照れた様に笑う沖田。
「いや〜ん可愛い!もう、総司のためなら何でも頼んじゃう♪」




あれは計算なのか、それとも天然なのか…




四人の視線が沖田に釘付けになっていることに気付いた藤堂が口を開く。
「彼は沖田総司さん。皆からは”年上きらぁ”って呼ばれてるよ。」
そこへ間髪入れずに井上が付け加える。
「そう呼ばれているのは、君もだろう?」
「………まぁね。」










沖田のテーブルの隣では、より一層年齢の高そうなオバサマ達が
一人のホストを取り囲み、競う様に話を持ちかけている。
オバサマ達の中心にいるのは、総長の山南敬助だ。

「山南さん聞いて!うちの主人ったらね…」

「あら、うちの主人なんてもっと酷いのよ!!」

「まぁ落ち着いて。御主人にも何か事情があったのかもしれないし、
帰ったら聞いてみてはどうかな?」

まるで人生お悩み相談か、不幸自慢かのような話題である。
癒しを求めてきているであろう事は判るが、これだけ四方八方から
話し掛けられるのでは、接待するのも楽ではないだろう。
は、心配そうにその様子を見つめていた。



と、その視線に気付いたのか、山南がこちらを向いた。
目が合うと、にこっと微笑みかける。
「…………!?」
不意打ちに、は少し動揺する。



「彼は山南敬助君。うちの店にはなくてはならない存在だね。
ああやって、他のほすとでは対応できない年輩の方々でも、上手く接客してくれてね。」
「皆から”まだむきらぁ”って呼ばれてるんだよね♪」



井上と藤堂が説明してくれたその時、だった。



四人の後ろから声がかかる。
「まだむきらぁは源さんも…だろう?」
驚いて四人は振り返る。
先程までテーブルでオバサマ達と話していた筈なのに、四人が井上達に
視線を戻した一瞬の間に、ここまで来ていたのだ。


「まだむきらぁ、とは呼ばれているけれど、年上じゃなければ指名できないという訳ではないから、
気が向いたら私を指名してくれるかな?」
そう言って微笑む山南。



「敬助さん、まだ〜?」

「早く戻ってきて頂戴。」

「おや、戻らないといけないようだ。」
山南は肩を竦めて苦笑いする。
戻りかけて何かを思い出した山南は、足を止めると、に耳打ちする。



「心配してくれて有難う。こういう事には慣れているけれど、
時々辛い時もあってね。さっきのは心が癒されたよ。」

「えっ……!?」

「では、また…」

優しく微笑んで、山南は元のテーブルへと戻っていった。










山南が戻っていく頃、接客についていないホスト達が一斉に声をかける。
「淑女のお嬢さん、倶楽部五稜郭へようこそ。」
そう言って一礼した先に現れた、華やかな女性数名。
そして、一緒に同行してきた男性が一人。
物腰も柔らかく、品を漂わせている。
着ているスーツも、かなり上物の様だ。


「容保さん、今日は同伴かぁ〜。」


現れたのは、京守護職を任されていた会津藩主、松平容保であった。
彼の放つ雰囲気に、は思わず見惚れてしまった。
四人のテーブルを通過する直前。
ふとこちらに視線を向けた容保と、きの目が合った。
軽く会釈して、そのまま店の奥へと進む容保。


「え、何?さん、容保さんと知り合い?」
「まさか!初対面ですよ。」


ゲーム上での彼は知っているは、それはこちらが知っているだけであって、
決して容保がを知っている訳はない。


それにしても、佐幕側の人間とはいえ、彼は箱館に縁がある訳でも、新選組隊士でもない。
何故ここにいるのか。


「あの…容保さんは、どういう方なんですか?」
気になるので、は思い切って尋ねてみた。


「松平さんは、ここを建てる際出資してくれたんだよ。
そして彼自身もここで働きたい…と申し出てくれてね。」

「会津の方にも店を持ってるんだけどね。暫くは五稜郭に滞在するんだって。」

「そう……ですか。」
いないと思っていた人物に遭遇し、胸の鼓動が早くなる







「店の主なほすとは、これくらいかな。」
「あとは、見習達がいるんだけど、出入が激しいから後々覚えるといいよ。」







こうして、倶楽部五稜郭入店初日の夜が更けていった。












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